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2009年2月

社員旅行

1月に社員旅行に行きました。

行き先は福岡経由の鹿児島です。

鹿児島には仲良くしていただいている企業さんがあり、大変もてなして下さいました。

福岡までは新幹線bullettrain。博多駅で観光バスbusに乗り換え鹿児島へ。

一日目は、「篤姫ゆかりの地」へ。と、思ったら、篤姫観光ガイドの案内所の見学でした。

そして、JR最南端の無人駅「西大山駅」へ。

ここではなんと!1月にも係らず菜の花が満開!1

この時期にこんなキレイな菜の花の群生が見れて、ラッキーでした!

鹿児島の方も珍しいとおっしゃっていましたが、この日はたまたまとっても暖かい日だった様で、上着なしで歩けました。

そして、薩摩半島の最南端、「長崎鼻」へ。

みんなで沈む夕日を見に行きました。

日の入りまでは時間があり、それぞれのんびり。2

なぜだか砂浜には、人を走らせる力があるのでしょうか。

海岸に降りて走り回る、転がって人型を作るのは、男性だけでしたが。

夕日が赤くなってきた頃に、夕日に向かって叫ぶ会が、始まりました。

Photo 「日本一かっこいい男になるぞー!」と宣言する人あり、

「ジョニー・ダーン!」と、分かる人にしかわからない事を叫ぶ人あり…。

私も実はひそかに回ってきたらこれを叫ぼう、と考えていたのですが…。

なんだか時間は過ぎていきました。

初日の旅館では、宴会場での食事。おもしろい事が大好きな私達なので、ゲームの後の罰ゲームがメインイベントのような物。二人羽織あり、社長と専務のものまねあり。

いや~、ステキな会社です。その写真を見た私の叔母は、「いい会社に入ったねぇ。」と褒めてくれましたから。good

2日目、薩摩の美術工芸品を見学した後、知覧の特攻平和会館へ。

ここで思う事はあまりにも多すぎて、時間が足りず、ただまた大切な人とゆっくりもう一度行こうと思うのみ。

この日の夕食は仲よし企業さんとの親睦会?のような感じ。

こちらの企業さんも同業なのですが、私達に負けず劣らず?パワフルでフレンドリーで、そしてかっこいいなぁと私は思います。

なんたって完璧な矢島美容室の衣裳と歌と踊りで歓迎してくださいましたからvirgovirgovirgonote

ありがとうございます!

その後、二次会、三次会と、それぞれの夜はふけていきました…。

3日目!残念ながらこの日は雨rain

桜島で足湯を堪能、してる途中で降り始めました。

おいしい昼食の後、人生初、浴衣を来て入る混浴風呂に入りました!spahappy02

海と温泉との堺は岩場という、絶景の場所でした。もちろん男性陣は、水風呂に浸かるように海に飛び込み、足の裏など負傷するのでした。

女性陣はというと、透けない浴衣、と聞いてはいましたが、ある程度予想はしていましたが、やっぱりそうなっちゃいますよねぇ。

ということでタオルを首にかけたり、胸にあてたりしながら、また、お湯の中で浴衣が舞い上がるのを必死に押さえつつの、雨にうたれつつの入浴となりました。

これまた上がる時もご想像どおり大変でした…sad

家族同然の仲間だから何とか平気だったのかなと思います。

そんなこんなで楽しい3日間を過ごしてきました。

ただ、インフルエンザや風邪ひきさん達と3日間行動を共にすれば、帰って来た時どうなってるか、皆さんおわかりですよね…。shock

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ココロのふるさと

昨日、神明市に行くつもりで地元に帰ったら、「今日はとんどの日よ。」と言われ、結局神明市には行きませんでした。

毎週日曜日に楽しみにしている「ポチたま(http://www.tv-tokyo.co.jp/pochitama/)」を見ながら、のんびりのんびり出かける準備をしていたら、帰る時間が遅くなってしまいましたが、母の誕生日プレゼントを渡す用事もあり実家に帰りました。

ここのところ、実家には帰っていても、地域の行事やお祭りに参加すると言う事が随分なかった気がします。

中学生くらいまでは、それでも盆踊りや子供みこし、それに亥の子(いのこ・・・縄が数本つけられた丸い大きな石を、伝統の歌を歌いながら上下につくのですが、これを地域の子供達が一軒一軒まわってついていきます。)などあると、顔を出していたと思うのですが。

広島の比較的都会(笑)暮らしの友達を連れて帰ったので、これまた久しぶりだろうと思ってとんどを見せてあげたかったのもありました。

Image125

場所はうちの目の前の田んぼの中。

写真にもある通り新幹線がすぐそばを走っています。

Image1261_2 なんて自然あふれる写真!!

Image1271_3   「倒れるぞー!」

とは言ってませんが、しっかり人のいない方へ縄を調整してひっぱっています。

ここまではあっという間でした。

この間にも、竹を切った中に注がれ、傍の焚き火で温められたお酒が回ってきます。

この時、私の連れは初めてこの地域行事に顔を出したので、

「普段見ん顔じゃのぉ」と、近所の長老にお酒をつがれながら早速つっこまれました。

「私の連れです。」というと、

「私はどこの私?」と予想通りの返事が返ってきたので、

「私はJ子の娘です。」と説明すると

「Sちゃんか!」とすぐにわかってくれました。

それをそばで聞いていたおばちゃんは、それまで他の人と会話していたにも関わらず、「私はすぐわかったよ!」と入ってきてくれました。

なんだか、とても懐かしく、嬉しい瞬間でした。

ほとんど顔を合わせる事もなくなった私なのに、私の存在はちゃんと覚えてもらえているんだ、って。

小さな田舎町なので、昔から少なくとも同じ町内の人の事は知らない人はいない状態でした。

小さい頃にもよく「○○の孫です。」「○○の娘です。」と言っていました。

それはうちの家族が有名だからという理由ではなく、みんなが地域の家々の流れを知っていて、普段からそれぞれの家族の事など話題にのぼって、思いやっているからだと思います。

地域全体が大きな家族のような。

今私が暮らす環境ではとても不可能な事だけど、私が育ったところは、そんなところなんだなぁと、もう10年以上離れて暮らしてみて、気付いた事でした。

日本全体でも、もうそんなところは減ってしまっているだろうなと思うと、少し淋しくなります。

でも、自分の故郷がそういう場所だった事に気付けて、戻って暮らす事は当分無いだろうと思いつつも、大事にしたいなと思いました。

ココロのふるさとはやっぱりここかなぁ。

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